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また会う日まで、ありがとう。



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私は美容クリニック勤務ではありませんが

似たり寄ったりの医療クリニック勤務です

クリニック経営者に辟易し看護職を辞した同業者もいます

これが最後のわたしの発信です

感染対策に声を上げ行動したことによって

全責任を背負い込まされ疲弊しました

最初は後悔しましたが

自身の行動を恥じることなく生きていこうと思います

少しでも感染拡大を防止できたかもしれない

そう言い聞かせて。

メールやコメントで激励して下さったブロ友が

心の支えとなりました

感謝しかありません。

また会う日まで

ありがとう!


最前線でコロナと戦う医療従事者にエールを送ります。
どうかみなさまご無事で。

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さよなら義父さん。


お別れは突然でした

24日の朝

主人と2人でお見舞いに行き

「また来るね」と病室を後に。

その8時間後

呼び出され大急ぎで高速にのり

病院に向かいましたが

間に合いませんでした。

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(P子ありがとう)

お昼のお見舞い時には目が開けられないほど苦しそうで

それでも義父は声を振り絞って

酸素マスクの中から「ありがとう」と

大きな声を発してくれました。

それが最後の会話となりました。

翌日が再検査の予定でした

…次女ちゃんと同じ状況で悲しみが蘇る


どんな時も私の味方をしてくれた義父さん

感謝の気持ちでいっぱいです。

火曜日がお通夜。私の誕生日(^^;

私が忘れないようこの日を選んだように逝きました

義父は6人兄妹です。父を含めて4人の他界した兄妹

3月24~27日がそれぞれの命日です

なんとも不思議な…。

大好きな兄妹とあの世で再会してることでしょう。

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(P子ありがとう)

田舎の葬儀は『しきたり』が根強く残り

色んな意味で大変でした。

悼む時間もないほど『しきたり』に追われました。

これからも色んな意味で『しきたり』が付きまとい

逃げ出したくなると思うけど…

この『しきたり』を残すことも長男の嫁としての役目でしょう

でも義姉に

「私の時は是が非でも家族葬で」とお願いしましたw

寝ずの晩が続き疲労困憊

金曜日から出勤してますが食べて、寝て

ブログは休んでいましたが

なんとか体力温存してます

その後


先ほど義父の様子を見てきました

限られた面会時間10分の間に

旦那はんと私の手を代わる代わる握りしめた義父。

その手の力はとても強かった。

一昨日は「延命治療をどうしますか?」の話があったほど

容態が悪かったのですが今朝は解熱し

少しばかり安定していると。

酸素マスクが邪魔して聞き取りにくいが

「大阪の○○(長女の名前)からお土産もらってるよ」

と言うと

「何をもらった?」とハッキリ。

お菓子だけん、早く元気になって食べて!

手紙もあるよ。

「うん、うん」と。

話が通じた。声が届いた。

頑張ってじいちゃん。


呼び出しがかかる


義父が予断を許さない状態です

今日は1時間ばかし

早く上がらせてもらい

主治医の先生の説明を聞きに行きました

「いつでも連絡のとれる状態でいてください」と

入院後は食欲減退 衰弱の一途を辿る

点滴も激しく拒否。

そんななか、誤嚥性肺炎になり熱発と血圧低下

サチュレーションも低下

同意書に署名し

手を抑制し酸素と点滴を開始。

母と姉が泊り込みで待機中

 

私たち夫婦は自宅で

体力温存するよう指示され

取り敢えず自宅待機中。

帰り道

高速道路の夕日が真っ赤だった。

お父さんがんばって。