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這い上がる


今朝6時45分

旦那はんと散歩がてら24時間営業のスーパーへ。

青空だけど霧雨が降ってきた。

今日はこのあと1歩も出ないつもりで。

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先週は連休だったので

残りの4日間は駆け足でした

その割に濃くて・・・

完全に体がやられてしまった

水・木曜と連日で昼食が摂れず

16時という中途半端な何ご飯か分らない時間に

爆食いして・・・。反省。

その後から胃腸の調子がおかしいことになった

金曜日の昼休みは自宅に戻り横になって過ごしたほど。

水曜日は頭越し事件(前記事)でヤケ食い

このままではイケない と解決の糸口を模索

P子の

困ったときは「必ず近くにヒントがある」を思い出す。

そのとき流れてきた音楽が20代でヒットした曲だった



聴いていると懐かしさと思い出が湧き上がってきた

寮生活で先輩に可愛がって貰ったこと

ライブに誘ってもらい一緒に盛り上がったこと

休日にはドライブに連れて行ってもらったこと

夜遅くまで試験勉強を教わったこと

サプライズでサンタに扮装して笑わせたこと

お掃除の要領や挨拶などなど生活の基本も教わった

今でも心から感謝している。

先輩方の寛容さを思い出すと今の自分が恥ずかしくなった

今の職場で皆のために良き上司になれているのか?

思い出に浸りながらも今の自身を見つめ直すきっかけとなった

コロナ対策から今日までのこと 反省しかなかった。

すると不思議なことに昨日までの色んな事が許せるようになり

偶然にも涙の出るようなLINEが送られてきた

心の叫びが聞こえたのか??

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何が起きた~?!

私の心が動いただけなのにこのタイミングで不思議だ

この11年で何十回、何百回と辞めようと思った

実際この春は

コロナで困難なことが重なり疲弊し

『退職願い』も書いた。皆に退職の意思も伝えた

それでも何も変わらない

それどころか更に多忙となり疲労困憊。

そんな毎日が過ぎGWを迎え

引き籠もって読んだ本(前も書きました)

漁港の肉子ちゃんに続き

ボロボロになりつつありますw

大河の一滴

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確か、この本のどこかのページのある言葉で目が覚めたんだよ

退職を取り下げるきっかけとなる言葉があったんだよ

最近また読み返しているけど、どのページだったのかあやふや。

でもあの廃人のような日々にピリオドが打たれたのは事実

この本のお陰だった。

抜粋しました。
「あきらめる」の語源は「あきらかにきわめる」ことです
物事を明らかにして人間にはできない、どうしようもないことも
あるのだと理性的に確認するということです。

患者さんのため、先生のため、スタッフのため
全員のニーズに応えるには限界があり諦めることも肝心。
人さまのせいにしても自分を責めても出来ないことはできないのだから。

悲しいときつらいときには、うな垂れて肩を落とす。深いため息をつく。
そうすることによって、自分を照らす希望の光の存在を、影が教えて
くれるということもまた、ありうるのではないでしょうか
そう願いながら生きていくしかないと思うのです。

廃人のようになっていたとき、ただ黙って話を聞いて意見せず
美味しい物を差し出してくれた父ちゃんが
あのとき光りだったのかもしれない
(今ごろ気付くんかいw
そして患者さんに「いつも居てくれてありがとう」と
言われることも光です。

何も期待しないという覚悟で生きる
しかし一時的であれ連帯感のようなものが
成立する瞬間があったとしたらそれはすばらしいことだ。
私たちはそのことを奇蹟に出会ったように感動し、感謝すべきである。
そして、この世にはまれにそういう瞬間が成立しうるのだ、という記憶を
深く心にきざみつけておこう。

完全予約制に移行しクレームの嵐のなか
試行錯誤しながら体調を崩しながらもアイディアを出し合い
今後に繋げていけたこと「成功した」と言ってもらえたこと
あんなLINEをもらえたことは奇蹟かもしれない
何度も踏みとどまってくれた過去の自分を褒めてあげようと思う

スタッフひとりひとりの考え方に共感できず

次から次へと無理難題の要望を吐かれる日々。

皆、文句は言うが行動はしない。体が幾つあっても足りない。

私自身、吐き出すところもなく苛々が募り上司として失格かと。

そんな私に腹を立てた人もいたと思う。

こんなに苦しむくらいなら感染対策を躍起になって

しない方がよかったのか

何も言わずに皆を置いてさっさと辞めればよかったのか

みんなすかーんと思っていた。

そうすかーんにはがあるとですよ。

あれから後悔と反省の毎日だった。

同時進行で母が他界し目まぐるしく変化する環境の中でも

こうして倒れずに生きていることに感謝しようと思う

本当にあのときはつらくて、つらくてたまらなかった

まさに「人生は苦しみと絶望の連続である」

生きていよう。

改めて自分を大切にしようと思う。

支えてくれた家族や仲間のためにも。


竹内結子さんのご冥福をお祈り致します


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